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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)2561号 判決

原告

新日本鍛工株式会社

右代表者

府内泰生

右訴訟代理人

山本晃夫

杉野翔子

藤林律夫

被告

破産者

タイロン株式会社

破産管財人

安倍正三

右訴訟代理人

本渡章

小村享

主文

一  原告が破産者タイロン株式会社に対し、別紙債権目録(一)、(二)記載の破産債権を有することを確定する。

二  訴訟費用は両事件を通じ被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は訴外破産者タイロン株式会社(以下「破産会社」という)に対し、別紙手形目録(一)記載の約束手形六通及び別紙手形目録(二)記載の約束手形三通(以下、右手形九通を合わせて「本件手形」という。)を振出、交付し、いずれもその満期に支払をした。

2  右手形は、原告が破産会社から買い受けたタイロッドの代金の支払のため振出、交付されたものであるが、右タイロッドの売買は無効もしくは不存在であつた。

3(一)  破産会社は、昭和五六年一〇月一日午後一時、破産宣告を受け(東京地方裁判所昭和五六年(フ)第一二三号)、被告が破産管財人に選任された。

(二)  そこで、原告は破産債権者として、別紙債権目録(一)記載の不当利得返還請求債権金四三六七万五二八〇円の届出をしたが、昭和五七年二月四日の債権調査期日に、被告は原告の右届出債権に異議を述べた。

また、原告は破産債権者として、別紙債権目録(二)記載の不当利得返還請求債権金一三五七万一七六〇円の届出をしたが、昭和五八年四月二七日の債権調査期日に、被告は原告の右届出債権に異議を述べた。

4  よつて、原告は破産会社に対し、原告が右破産債権を有することの確定を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、手形の原因関係は不知、その余は否認する。

3  同3の事実は認める。

三  抗弁

仮に本件手形の原因関係であるタイロッドの売買が無効もしくは不存在であるとしても、本件手形の振出、交付及び支払は、以下の通り不法の原因に基づく給付である。

1  原告の被用者であり、原告の代理人たる訴外加藤武史(以下「加藤」という。)と破産会社の代表取締役である訴外木本幸雄(以下「木本」という。)は、昭和五五年ころから当時経営の苦しかつた破産会社の資金繰りを楽にし、かつ、原告タイロッドの売上高を増やすために現実に商品の裏付けがないのに、破産会社が原告に、原告が訴外塚本総業株式会社(以下「塚本総業」という。)に、塚本総業が破産会社に同一のタイロッドをそれぞれ三パーセント程度の口銭を順次上乗せした価額で販売したことにして、その代金支払のために右三社がそれぞれ約束手形を振り出すという架空取引を計画し、塚本総業に対しては加藤が、原告の製造にかかるタイロッドを原告が直接最終需要家に納入する取引である旨欺罔して、塚本総業をその旨誤信させて右架空取引の中に引き込み、多数の架空取引を実行し、これにより、加藤と木本とは共謀のうえ塚本総業振出の手形を詐取した。

2  右塚本総業から詐取した手形は、振出人が塚本総業、受取人が原告であり、破産会社において直ちに利得しうるものではなかつたため、加藤は破産会社に対し、いわば共同詐欺行為により不法に領得したものの分け前として、右詐取手形のかわりに本件手形を交付したものである。

3  したがつて、本件手形は共同詐欺行為により不法に領得したものの分け前として交付されたもので、公序良俗に反する不法な原因に基づいて交付されたものであり、かつ、原告はこれを全て決済してしまつたのであるから、原告の右決済は民法七〇八条にいう不法原因給付にあたるものであり、その返済を請求することはできない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁冒頭部分の主張は争う。

2  抗弁1の事実は認める。

3  抗弁2の事実のうち、塚本総業から受領した手形が振出人が塚本総業、受取人が原告であることは認め、その余は否認する。

4  抗弁3の主張は争う。

5(原告の主張)

(一) 加藤の塚本総業に対する行為が詐欺にあたるとしても、塚本総業から手形を騙取するという不法行為をなしたのは加藤であつて原告でないから、右手形を原告が不法に領得したとはいえない。加藤は塚本総業との間で売買取引をなす権限を与えられており、加藤の行為は原告の代理人の行為というべきであつても、それは不法行為にまでは及ばない。

また、本件手形の破産会社に対する交付には加藤は関与しておらず、同人のもとで作成された回収支払明細表に従つてではあるが、原告の経理部の担当者がその権限において交付したものである。

したがつて、本件手形の振出、交付は原告が不法に領得したものを分配したということはできない。

(二) 本件手形の交付が不法原因給付にあたるためには、右交付時に交付が違法であることを原告が認識していることが必要であるが、原告(具体的な担当者は経理部)は右時点で、正常な商品の裏づけのある売買の代金支払のための手形としてこれを交付した。

原告が右手形の振出、交付の原因関係たる原告、破産会社間の売買契約が商品の裏付けのないものであるとか、右売買契約そのものが加藤と木本の塚本総業に対する詐欺に起因するものであることを認識しえたのは、塚本総業との間に紛争を生じた昭和五六年六月以後である。

五  再抗弁

1  かりに原告の本件手形交付に不法原因があつたとしても、民法七〇八条但書により本件請求は認められるべきである。

すなわち、原告の本件タイロッド取引における違法性が問題となりうるとすれば、それは原告が従業員である加藤に対して選任、監督上の注意義務を怠つていたかどうかの過失の問題であるのに対し、破産会社は代表者である木本自身が、架空取引を計画し手形騙取の実行行為を行つたものであり、その不法性は極めて重大である。

2  民法七〇八条により返還請求を拒否することが給付者の不法性に対する制裁として過酷であるときはその適用を制限するべきである。

本件において原告の返還請求が認められないとするのは、かりに原告に多少の不法性があつたとしても、あまりに過酷である。すなわち、本件では破産会社が塚本総業に、塚本総業が原告に、原告が破産会社にという形に手形が順次交付されて回つており、原告は破産会社に対し交付する手形を塚本総業から受領する手形と対応する形で振出していたところ、原告は、原告が受取つた本件手形に対応する塚本総業振出の手形については、別件判決(当裁判所昭和五六年(ワ)第七〇七四一号、同年(ワ)第七〇五一九号事件判決)により手形自体(額面合計四四七一万九〇四〇円)を返還し、かつ既に支払を受けていたものについては手形金相当額金一五二八万〇五七六円を損害賠償金として支払ずみである。ところが破産会社が破産したため、そこに発生した損害の押し付けあいの如き様相を呈している本事案につき、塚本総業と破産会社には何の損害もないのに、原告の返還請求を拒絶して、原告のみに損害を蒙らせるのは過酷というべきである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実のうち、破産会社の代表者である木本が架空取引を計画し手形騙取の実行行為を行なつたことは認め、その余は否認する。

民法七〇八条但書は「不法ノ原因カ受益者ニ付イ(ママ)テノミ存シタルトキハ」と規定しているのであるから、原告の所論は失当である。

2  再抗弁2の事実のうち、原告が破産会社に対し交付する手形を塚本総業から受領する手形と対応する形で振出していたこと、本件手形と対応する塚本総業振出の手形について原告主張のとおり手形を返還し、金員を支払つたこと、手形が三社間を回つていたこと、破産会社が破産したことは認め、その余の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因1の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば同2の事実(原告と破産会社との間のタイロッドの売買は架空取引、すなわち通謀虚偽表示であつて無効であること)が認められる。

乙第三号証の一、二(別件における証人加藤の証人調書)のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

2 請求の原因3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで抗弁について判断する。

1  抗弁1の事実及び同2の事実のうち、塚本総業から詐取した手形は、振出人が塚本総業、受取人が原告であることは当事者間に争いがない。

2  右1記載の争いのない事実、<証拠>によれば以下の事実が認められる。

(一)  原告は鍛工品の製造、販売などを目的とする株式会社であり、昭和三〇年代からタイロッド(港湾河川の護岸工事材料)の製造を行つていたが、昭和四三年ころタイロッドの自社製造を中止した。しかし、その後も、原告は他の会社が原告のタイロッド製造技術を用いて製造したタイロッドを仕入れて販売するという取引を行つていた。

原告においてタイロッドの販売金額は鍛造営業部全体の三パーセント弱にすぎず、タイロッドの取引業務は従来から原告の鍛造営業部部長付(課長ないし課長補佐待遇)である加藤武史とその部下一名の二名で担当し、加藤は昭和三八年ごろからタイロッドの取引業務を専門に行つていたことから、原告からタイロッドの仕入・販売に関する代理権を与えられていたのみならず、その受注、販売価格の決定、仕入れの指示、仕入価格の決定は加藤が行なつていた。

破産会社は港湾関係の土木資材の販売を目的とする株式会社(商社)であり、昭和四二年ごろからタイロッドを原告から仕入れて販売する取引を行なつていた。

(二)  加藤と破産会社の代表取締役木本は、昭和五五年ころから当時経営の苦しかつた破産会社の資金繰りを楽にし、かつ、原告のタイロッドの売上高を増やすために現実に商品の裏付けがないのに、破産会社が原告に、原告が塚本総業に、塚本総業が破産会社に同一のタイロッドをそれぞれ三パーセント程度の口銭を順次上乗せした価格で販売したことにして、その代金支払のために右三社がそれぞれ約束手形を振り出すという架空取引を計画し、塚本総業に対しては加藤が、原告の製造にかかるタイロッドを原告が現実に直接、最終需要家に納入する取引である旨欺罔して塚本総業をその旨誤信させて、右架空取引の中に引きこみ、原告を売主、塚本総業を買主(但し流通経路は、「原告―塚本総業―破産会社―最終需要家。」、又は、「原告―塚本総業―三多摩東商事株式会社ないし岡三興業株式会社―破産会社―最終需要家。」。)とするタイロッドの売買契約を締結し、その代金支払のために、塚本総業に手形をその各振出日に振り出させてこれを原告担当者に交付した。

(三)  前記のとおり原告においてタイロッドは全て外注であつたが仕入先に対する金銭の支払は、加藤及びその部下がタイロッドに関する月毎の販売先、販売数量、販売価格、仕入先、仕入価格を決定して、記入した回収支払明細表を作成し、営業部長の決済を受けて経理部へ廻し、経理部が、主として販売先の銘柄、金額から回収の確実性を判断した上で、支払先に対し手形を振出、交付することになつていた。

本件手形はいずれも、加藤が、正常な他の取引と共に、得意先を塚本総業、仕入先を破産会社として記載した回収支払明細書に基づき原告の経理部の担当者から破産会社に対して振出、交付され、いずれもその満期に支払がなされた。

原告の経理部担当者は、右手形を振り出すに際し、前記のとおり、販売先からの回収の確実性を判断するのみであり、又営業部長の決済も、月毎の販売数量、販売額を把握するにすぎず、個々の取引の内容については審査していなかつたのみならず、本件の昭和五六年四月、五月分については決済を経ずに加藤及びその部下の押印のみで経理部へ廻つていた。営業部長及び経理部担当者は右取引に現実に商品の裏付けがないことは知らなかつた。

3  以上の事実に基づいて判断する。

原告の破産会社に対する本件手形の振出、交付は原告の経理部の担当者が行つたものであるが、これは加藤が作成した回収支払明細書により機械的になされていて、実質的には加藤が原告を代理して行つたものということができる。

してみると本件における塚本総業から原告に対する手形の交付、原告から破産会社に対する本件手形の交付を通じ、加藤は終始原告の代理人として行動し、かつ右各交付は加藤と木本が計画した塚本総業から手形を詐取することを含む架空取引の一環として計画通り行われたものであるから、本件手形の交付はその動機において公序良俗に反する不法なものというべきであり、本件手形が決済された以上、原告は破産会社に対し、その利得の返還を請求することは原則としてできないというべきである。

原告は本件手形交付時に、交付が不法であることを原告(具体的には経理部の担当者)が認識していなかつたから不法原因給付にあたらない旨主張する。

確かに前記のとおり本件は給付の動機における不法であるから給付者において不法の認識が必要であるが、本件における給付者は原告の実質的な代理人である加藤であり、経理部の担当者はその指示に従い機械的に手形を振り出したにすぎないから、加藤において不法の認識が必要であるところ、同人がそれを十分に認識していたことは明らかであるから原告の主張は採用できない。

三そこで再抗弁について判断する。

1 不法原因給付は無効原因による給付であるから、本来なら返還されるべきものを給付者自身の不法な目的に対する制裁的意味をもつて取戻しが拒否されるものである。

しかしながら、これを広く適用すると、公序良俗に基づく不法な契約に関与した者もそれに基づいて給付を受領してしまうと、相手方に返還請求権がないからこれを終局的に享受することが認められたと同様の結果となり、却つて社会的妥当性に反することとなる。

したがつて民法七〇八条但書の趣旨に従い、不法性の大小、強弱、両者の衡平を比較衝量して、返還請求の許否を判断すべきである。

2 再抗弁1の事実のうち、破産会社の代表者である木本自身が加藤と架空取引を計画し、実行したことは前認定のとおりであり、再抗弁2の事実のうち、破産会社が塚本総業に、塚本総業が原告に、原告が破産会社にという形に手形が順次交付されて回つていたこと、原告は破産会社に対して交付する手形を塚本総業から受領する手形と対応する形で振り出していたこと、ところが破産会社が破産し、原告は本件手形に対応する塚本総業振出の手形については手形自体(額面合計四四七一万九〇四〇円)を返還し、かつ既に支払を受けていたものについては手形金相当額金一五二八万〇五七六円を支払つたことは当事者間に争いがなく、加藤は、原告において鍛造営業部の部長付(課長ないし課長補佐待遇)の職にあつたことは前認定のとおりである。

以上の事実によれば、本件架空取引により、結果的には原告のみが、塚本総業に対する返還分も含めると約一億二〇〇〇万円に上る金銭を出捐しており、これに対して破産会社は何ら出捐しておらず、逆に本件手形に相応する金約六〇〇〇万円を利得しており、しかも原告における行為者は一被用者である加藤であり、原告自身の不法性は、その選任、監督上のものにとどまるのに対して、破産会社は代表者本人が自ら行為しているのであるからここにおいて原告の本件返還請求を拒絶することは両者の衡平に著しく反し、社会的に妥当でないといわざるを得ない。

したがつて、原告の本件請求は民法七〇八条但書により認められるべきである。再抗弁は理由がある。

四以上によれば原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(篠田省二 高田健一 草野真人)

債権目録<省略>

手形目録(一)、(二)<省略>

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